親であることを学ぶ

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 最近、「親学」というものが注目を集めているようです。とくには、若い世代の〈親〉が、親のあり方を学ぶ。いまは結婚していなくても、やがて親になることを見越して、〈親〉を学ぶ、といったことですが、背景には、いじめや虐待などに代表される現代の子どもの育ちの問題を、〈親〉という大元から見直していかなくてはならないという危機意識があるようです。

何を学ぶかといえば、日本の伝統的な子育てもそのひとつなのだけど、たとえば母親は優しく父は威厳を備えて、というかたちばかりではなく、その奥にあった、わが子のためなら自分はどのような犠牲もいとわないというようなある種の覚悟のようなもの。いまと昔の親のありようで大きく変わってきたのは、そういう心の在りかかなという気がします。
地震カミナリ火事親父などといわれるように、昔の父親が恐いものであったのは、子どもをきちんと育てねばならないという思いの裏返しで、だから子どもも、子どもなりに親の厳しさを敬いました。

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と、昔を懐かしんでも仕方のない話ですが、子どもの幸福を思えば、自分は少しくらい嫌われたり、煙たい人になってもやむを得ないというほどの、子どもに向き合う姿は必要かも知れないと思います。
うちの子はいつまでも結婚しないと愚痴を外にこぼしても何の役にも立ちません。世間体をあれこれいっても、それは親の都合。子どもの心には届きません。あなたの幸福を願うから、真剣に結婚に向き合ってほしいという、親が自分を忘れた心の声なら届くかもしれない。
このコラムは、子どもの結婚についてお悩みのご両親にも閲覧していただいていると聞いています。親が変わっていくことが、子どもを変えていく。子育ての基本は、いくら互いの年齢が進んでも、生きているものだと思っています。

2014年2月15日 11:53 長井 春美

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