執着から離れる

今日の写真

 わりと最近によく似たことを書いた記憶がありますが、いま、過去に交際していた人のことが忘れられないとこぼす人が、少し増えてきたのではないかと感じることがあります。結婚はしたいし、年齢もある程度になったから、婚活に身を入れないといけないとはおもうのだけど、何かしら気乗りしない。過去の人と、つい比較して、出会う人の悪いところばかり見てしまう、という感じでしょうか。

それで少しつっこんで話を聞いてみると、そういう気持ちを抱えている人の多くは、過去に交際してきた人がひとりであったり、ふたりであったりというように、ある意味、異性間の人間関係が経験不足なのかなと感じます。以前たくさん交際してきた。中でもとりわけ魅力を感じる人がいて、その人が忘れられないというのとは、ちょっとちがう。
よくいえば、すれていない。悪くいえば、機会が少ないから、拘泥してしまう。

今日の写真

 時間を今日という単位だけで計ると、なにごともさしたる変化はないけれども、1年という単位で振り返ると、人間関係、職場での位置づけ、世の中の流行、そういう諸々は意外なほど大きく移り変わっていることに気づきます。
普段あまり意識はしていないけど、移り変わるものに対応しながら生きていくのが、人間の一生というものなのかもしれません。

拘泥するものや、執着するものって、たくさん抱えれば抱えるほど、対応しつつ生きるときの機敏さや自在さをそこなうものではあると思います。
拘泥する記憶を消し去ることはできないけど、日々の意識のもちようで、そのこだわりからちょっと離れてみるということはできるかもしれません。
明日や、明日会う人を好きになる〈努力〉をしてみることも、執着からの離れ方のひとつかなと思っています。

2013年11月 9日 11:25 長井 春美

過去のコラム

back number