フィーリングが合う

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 ずいぶん前のことになるけど、男女の出会いの感覚として、“フィーリング”が合う、合わない、なんてことがよくいわれていました。当時ものすごくヒットした歌の影響もあったのかなと思うけど、昨今、“フィーリング”ということば自体、あまり聞くことがありません。
でも、お見合いのあとなどによく聞く、「何か合いません」という“何か”は結局、昔からのフィーリングのことを言っているのだろうと思っています。

フィーリングは直感とか、印象とか、おそらくそういう意味合いをもったことばで、それはこれからはじまる人間関係にとって、とても重要なものであることはまちがいありません。何かしらの好感があってはじめて、その人のことをもっと知りたいという関心も生まれてくるものだから。
でも、それだけを手がかりにするのは、ちょっと足りないという気もします。恋愛の手がかりならそれでよいと思うのだけど、結婚の手がかりとしては、足りないという感じ。
それに、“フィーリング”をいわゆる“見た目”と、思い込んでいる場合も多いのではないでしょうか。たぶんほんとうの“フィーリング”は、もっと奥深い精神性を秘めることばなのだと思います。

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 フィーリングにはもう一つ、「物事に対する感じ方」という意味合いもあるようです。そして、結婚を考える上では、こちらの方がさらに重要であると思っています。
同じ物事に直面して、同じ音楽を聴いて、同じ映画を観て、同じ食事を摂って、そしてふたりはどう感じるのかというそれが、お互いにとって好ましいものであるとき、ほんとうの意味で、フィーリングが合うことになるのではないかなと思うのです。
ときにそれは、最初の“印象”をくつがえすことだってある。
印象は印象として大事にしながら、しかしそれだけではない、その人の全体像を深く知ろうとする姿勢が必要なのじゃないのかなと思っています。

2013年8月10日 11:49 長井 春美

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