人を美しく見る

今日の写真

 人間というものは見る角度、光の当て方ひとつでみんな違って見えるものです。
ある人には、優しいと映るのが、またある人には頼りなさを感じさせたり、ある人には頼りがいを感じさせることも、ある人にはただの強引さに見えたり。人の姿は、見る人のフィルターひとつで変わってしまう。

お見合いのあとや交際の途中、私に対してお相手の短所とおもわれることを、微に入り細に入りつらつら語ってくれる人がときおりいるのだけど、そういう人はよくよく話してみると、自分自身に自信がないのだなと感じることが多い。その人の弱い部分が、お相手も弱く見せるフィルターをかけるのかなとおもわないでもありません。
自分に自信がある、自分がちゃんと据わっている人は、ものの見方、人物の見方が、うまくいえないけど、ニュートラル、または公平なものになっている気がします。

今日の写真

 ずっと以前にも紹介したことがあるように記憶していますが、八木重吉という詩人の「ねがい」という詩に、「人と人のあいだを美しくみよう わたしと人のあいだをうつくしくみよう 疲れてはならない」という一節があります。
美しく見るのはタダ、という冗談はともかく(笑)、その人なりきのよいものを探そうという意識が、たとえばお見合いの場などでは必要なのではないかなとおもいます。
自分がちょっと高いところに立って、まるでお相手を裁こうとするかのような心持ちで臨んでは、お相手のよいものはきっと見つからないし、自分のよいところもきっと見つけてもらえないはずです。
それはもちろん、すべての人間関係についていえることなのだけどね。

2013年7月27日 13:41 長井 春美

過去のコラム

back number