異を認める

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 異性相手に限らず同性にも好感をもたれる人に共通しているのは、自分と違う考え方や感覚について、許容範囲が広いことではないかなと思っています。それが包容力を思わせるし、人間の器も感じさせる。まわりに壁をつくらない人という感じでしょうか。
でも最近は、自分と違う感覚、考え方を異分子として、それの侵入を、ちょっとかたくななほどに拒む人が増えてきたかなあとも感じています。

自分の感覚に近い人ばかりを求める。求めて得たとしても、その小さな人の輪の中でも、ほんの小さな違いをものすごく気にして排除し、自ら遠ざかり、結局残るのは自分ひとりなんて悲しい現実を抱えている人も、いまは決して少なくない気がします。
コミュニケーションの巧拙というのは、つまるところ、人間の多様性についての耐性の有る無しにかかっているのかもしれません。

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 結婚の相手を探すことを、私たちは、自分の感覚に近い人を探すことと思いがちで、もちろんそれはその通りなのだろうけど、一方で自分が他の感覚、考え方について、あまりにも狭量になっていないか、考える機会にもしてほしいと私は思っています。
結婚は、「生活」であって、そこでは、感覚の近さをたしかめ合うことより、感覚の違いを許し合う、認め合うことの方がよほど大切だと思うからです。
自分の垣をちょっと低くしてみれば、思いがけない景色、異性の新しい魅力、そして自分自身の魅力に気づくことがあるかもしれないと思っています。

2013年2月23日 17:24 長井 春美

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