婚活の時間

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 「婚活」という言葉が世の中に広がって、もう4、5年も過ぎたことでしょうか。
婚活はおそらく結婚活動の略語。活動とは、たとえば就活などと同じように、それに費やす時間あるいは期間も含んだ言葉といえるでしょうか。もちろんそれはだれにも一定のものではありませんが。
結婚に至るまでに、婚活という言葉にくくられた「時間」を要するのだということを、かつてはだれも考えたりしませんでした。

ある意味、現代という時代に認められたこの「時間」、何を為すべきかといえば、私は「まなび」であると思っています。それはもちろんテキストから学ぶものでもないし、話し方や身だしなみといった上っ面の話(それなりに意味はあるけれども)でもありません。
それは、いま現在、まだ家族でない人と、やがて家族となって、ともに生きていくための“共感”のあり方をまなぶ時間なのだろうと思っています。

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 「まなび」には、ときとして痛みが必要です。共感をまなぶこと、それは教科の学習ではありませんから、身体と心で覚えなくてはなりません。心身のよろこびや痛みの記憶が、人と人の頃合いの距離感を培ってくれます。体感によるまなびです。

要するに、「婚活」とは、人に会うための「時間」です。その原点を逸してはいけないのだと思う。宝石は磨かれて光るのだけれども、それは丁寧に傷つけられてようやく光るのだともいえます。人に会うことで、磨かれていると思うのか、傷つけられていると思うのか、それは結局、心のありようひとつなのですね。
会う人は異性にかぎる必要もありません。たくさんの人に会ってみる。いちど心の膜を剥いで、本音をぶつけてみる。そういう、「人」と接するすべての機会を含んで「婚活」というのではないかと私は思っています。

2013年2月 9日 11:42 長井 春美

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