愛することの幸福

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 人は愛されたい生き物だけど、でも実はそれ以上に、愛したい生き物なのだなということを、年を経るごとに強く感じるようになってきました。
年を経なくても、みんな潜在的に感じていることでもあるのでしょうね。婚活のポイントって、この人は自分を一生愛してくれるだろうか、ということと、私はこの人を一生愛せるだろうか、という、ただその二つに絞り込むことができるような気がします。そして決め手になるのは、愛せるかどうか、ということ。
愛する人がいることが、どれほど自分を幸福にしてくれ、どれほどの力を自分に与えてくれるものか、人間はみんな生来的に知っているのかもしれません。

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 愛するという感覚は、愛されてきたという経験をベースにして培われるものだと思います。よく愛されてきた子どもは、よく愛せる大人になる。愛によって愛をまなぶということ。
でも、愛の「質」によっては、まなぶことができず、ただ慣れるというだけのことになって、そうすると、ひたすら愛されることだけを求める人に育つ場合もないとはいえない。
それはちょっと悲しいことだなと思ったりもします。愛することの幸福を知らずに生きるのは何より寂しいことだと思うから。

愛する人であるから愛されるのですよね。
悲しいことだけれども、求めるだけの人は愛されない。愛されにくいというべきかな。人はいつどこからでも変われるはずだから。
そして最初に感じる「愛」は、ほんのちょっとでいいと思う。私なりの表現でいえば、60%。お互いを行き来させるうちに、時間をかさねるほどにふくらんでいくのが、夫婦の「愛」の本質だと思っています。

2013年1月26日 11:20 長井 春美

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