自分はどこにある?

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 そう多くの人がという話でもないのですが、結婚してもよい、結婚はできないということの判断を、自分以外のだれかにゆだねている人にときどき出会うことがあります。
ゆだねる対象でいちばん多いのは、やはり親かな。あなたはどういう人がいいの? と尋ねると、親が気に入ってくれるような人がいいかな、と。
そういう直接的なものでなくても、こういう人だったらきっとお父さんが気に入ってくれる、お母さんが気に入ってくれる、と、いちいち親の評価を聞くわけではないけど、自分で勝手に親の意向を想像している場合もある。
あとは、こういう人だったら、どこに出しても恥ずかしくないとか、つまり世間の意向を判断の基準にしている人もいます。
と、こうして書き連ねると、これは結局、大部分の人が、少しとはいえ気にしていることではあるけれども、大事なのは何を最終判断の基準にしているかということ。

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 結婚というのは、長い旅路。その過程には、必ずといってよいほど、山があり谷があります。ときにはほんとうに越えられるのかなと感じる大きな壁に直面することもある。越えていくのは自分たち自身なんだけど、それを支えてくれるのは、他のだれでもない、自分が選んだという自負心とか責任感というものではないのかなと思うのです。

判断をゆだねるとは、責任もゆだねることにつながるのじゃないのかな。いま決してそうは思っていなくても、困ったときに、あなたがよいといったじゃないの、と他に責任転嫁をしたくなってしまうことではある。

自分で生きていく。二人で生きていく。それが結婚なのだと思うのです。親にしても友人にしても、さまざまな角度からいろんな意見を聞くのはとても大事なことだけど、決めるのは、決めたのは自分だ、という決然とした思いはもっていていただきたいと思うのです。それは結婚してからの暮らしを強くアシストしてくれる心根という意味からも、とても大切なことだと思います。

2012年12月22日 11:55 長井 春美

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