してあげる

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 結婚しにくい人の典型って、どういう人なんだろうと考えていて、ふと思いついたのだけど、いつも、何事についても、「○○してあげる」という感覚で臨んでしまう人というのがあるのではないのかな。親がうるさくいうから、相談所に入ってあげる。会いたいという人がいるから会ってあげる。そういう感じでしょうか。
ある意味、思考の筋道は整っています(笑)。でも、いま流行の言葉でいえばその「上から目線」も気になるところなんだけど、それ以上に、「してあげる」という感覚にひそむ主体性の無さが、相手の信頼を呼ばないのではないかなと思うのです。
有り体にいえば、会ってもらっているなんて感じて気持ちのよい異性はいないし、そこに結婚に対する本気さは感じられないということ。

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 その対極にあるのは、当然のことですが、「○○してもらっている」という感覚。
望んで会うということ、望まれて会うということ。そのいずれでも、「会わせてもらっている」と感じながら時間をともにするのは、けっして卑屈なことではありません。だってその時間までに、たくさんの「縁」がはたらいてくれた。親がうるさいほど勧めてくれた。会いたいと望んでくれた。小さくても自分の中に会いたいという気持ちが生まれた。そういう縁の結集が、いま会っているという時間。だから、「会わせてもらっている」のではないでしょうか。そういう感覚の濃淡はもちろん人によって違います。
でも、「会わせてもらっている」感覚のある人同士のお見合いは、いずれ交際へ成婚へと進展する割合がとても高いと感じます。あくまで私の皮膚感覚ですが。

お見合いの心構えとか、いろいろいわれることがありますが、大事なのは心構えというより心持ちかなと私は思います。心持ちであったり気立てといわれるもの。それは結局、いまをどう感謝して生きるかという生活の中でしか磨くことが出来ない。でも結婚を「生活」として考えるとき、ほんとうにほんとうに大切な感覚です。

2012年12月 1日 14:29 長井 春美

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