積み重なるもの

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 「婚活」の終着点はどこかといえばやはり「結婚」ということになるのでしょうが、この「結婚」もまた長くつづく「結婚生活」の入り口に過ぎないことを思えば、当然「婚活」は単なる結婚でなく、「生活」を深く意識したものでなくてはならない。
と、何だか回りくどい表現になってしまいました(笑)。

で、何が言いたいのかといえば、結婚というものはだれしも起伏があります。よいときもあれば悪いときもある。悪いことばかり決してつづかないけれども、よいこともまた二人のそばにいつまでもいてくれるものではない。二人はともに年齢を重ね、ともに老いていく。 つまりは結婚には時間の経過があるということ。

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いま婚活中の人には「老い」などは決して切実ではないでしょうけれども、たとえばいま出会う人に、この人は老いたとき、どういう人でいるだろうと「老い」のフィルターをかけてみる。あるいは病んだとき、何かの拍子で貧しさに直面したとき、この人はどういう姿勢で臨むのだろう。もっと間近には、子どもが生まれたとき、父親としての母親としてのこの人は、いったいどういう姿でいるのだろう。そういう折々の姿をちょっと思い浮かべてみる。すると、いままで見えなかった頼もしさや魅力が見えてくる。そういうものなのかもしれません。

時間の経過で削がれていく魅力もあれば、時間を経るほどに積み重なっていく魅力もあります。「愛」というものの本質も、それにどこか似通っている。
「婚活」というのは、その後者を探していく、そして、自分の中に蓄えていく時期かもしれないと思っています。これから積み重ねていくものだから、いま、そんなにたっぷりとは要らない。兆しや可能性は必ず必要ですけれども。
いまある魅力だけを見ていては、よく老いた二人の姿は見えてこない。そういうことなのかな。

2012年11月24日 13:28 長井 春美

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