途上の人

今日の写真

 このあいだ読んだ雑誌に載っていたとある教育者の「本質的な教育は、知識技術の伝達ではなく、人が人を感化し影響を与えるところにある」ということばが、いまもちょっと気になっています。

ここで教育のうんたらかんたら、むずかしい話をするつもりはなくて、でも、人が人を好きになって、結婚しようなんて気持ちを起こすのは、いちいち理由づけできる理屈ではなく、むしろ感化に近い、共感的な感覚かもしれないとふと思ったのです。
人が人を感化するのは、信頼や尊敬や慕わしい気持ちや、そういうものがベースに要って、口が達者とか、そういう伝達技術はあまり関係ない。

今日の写真

 よくいうことですが、出会いの入り口としての「条件」認識というのはとても大事。
それでその人の概略はある程度つかめる。でも、いわゆる「人となり」は会って話して行動をともにしなければ分からない。自分が感化されるような人であるのかどうか。

教師として、どのような人が、生徒という人を感化しうるのか、という問いにその教育者は、「人格の完成した人というより、もっとよき教師であろうと自己改善をいつもはかっている先生」と答えていました。よい先生になりたいと思い、努力している人。

いっぱいもっている人を、私たちはただそれだけで魅力的とは感じません。ときにうらやましいとは思うけど(笑)。つまり感化されない。方向や具体は人によって違うけど、よい人生を歩こう、よい人になろうとしている、そういうものが感じられる人に、魅力を覚える。いまのところ、あんまりもっていなくても。
途上でいいのですよね。結婚もまたそれぞれの人生の途上にある事柄なのだから。

2012年11月17日 02:27 長井 春美

過去のコラム

back number