合わせるということ

今日の写真

 この頃は対人の関係の中で、相手に「合わせる」ことの苦手な人が増えているのではないだろうかという感触をもっています。
あの人とは「合わない」と、割りと簡単に断じてしまうのだけど、その前に、彼(彼女)に「合わせる」努力はしてみたの? と問うと、返ってくる答えはどこか心許ない。
努力した、しない、ということより、はじめから相手に合わせる気持ちをもっていないという感じもします。いまは、相手に合わせてもらって当たり前と思い込んでいる人が多いのかな、もしかして。それはそして、男性も女性も同じ。
背後には、どこか過保護に育ててきた親の責任もあるのかもしれません。

今日の写真

 もちろん合わせることだけが大事ではありません。
一方だけが合わせることに腐心していても、やっぱりよい関係は築けない。一時、よい関係かなと思えていても、合わせる側のストレスばかり募って、いつか爆発してしまうなんてことも起こり得ます。
離婚する夫婦の間で起こっている心の問題も、そういうものに端を発していることが少なくないのじゃないかなと想像したりもします。
どちらかが一方的に合わせるのじゃなくて、互いが「合わせ合う」という関係性こそが重要なのだと思います。

「合わせる」ことを妥協することと嫌う人もいるけど、私は合わせることの本質は、思いやることなんだと思っています。
自分だけを見るのではなく、相手の立場、気持ちを思いやる心が「合わせる」という態度を生む。それはそして、大人の人間の美質に数えられることだとも思っています。

2012年10月27日 11:25 長井 春美

過去のコラム

back number