○○してくれなかった話

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 私は結婚について、いわゆるギブ&テイクの価値観を持ち込むのはちょっと違うんじゃないのと思っているひとりなのですが、いまはギブ&テイクどころか、テイク&テイクの感覚で自分の結婚を考える、そういう人がずいぶん増えてきたと感じています。
この人は何を持っていて、何を自分に与えてくれるのか、それを問うことが選択のもっとも重要な、というよりも唯一のポイントになっている。

これを仮にギブ&テイクで考えれば、この人はこういう諸々を自分に与えてくれる。それに対して私はこういう行いで、こういうもので返すことが出来る。というように、自分も与えるということが結婚の概念に含まれていくものですが、そのあたりの感覚がどうも希薄だと感じることが少なくありません。
これまで家庭という場所で、親はギブ&ギブ、こどもはテイク&テイクという生活のくりかえしが、いつのまにかこういう感覚をつくるのかなと思ってみたり。

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 はじめてのデートの感想を聞けば、「美味しい店に連れて行ってくれなかった」「話が面白くなかった」と、彼や彼女が○○してくれなかった話ずくめ。結局受け身で、楽しませてくれる、喜ばせてくれるのを待っているばかり。
それなら次は美味しい店をあなたが探せばいいし、あなたが美味しいお弁当を作ってきたっていい。相手の話が退屈ならあなたが面白い話を提供すればいい。それでも楽しい、充実した時間が過ごせないのなら、この交際は無駄だと諦めればよいと思うのだけど。

出会い、縁を大事にするということは、いま一緒にいるという時間を、二人が互いに楽しいものにしよう、充実したものにしようと努力する、つまり互いの心を与え合うということなのだと私は思います。それはギブ&テイクではないし、ましてやテイク&テイクでもありません。そういう時間の延長線上にあるのが結婚という生活なのだと思っています。

2012年8月25日 11:34 長井 春美

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