道具も人を選ぶ

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 いまは以前ほど云々されなくなったけど、いわゆるブランド指向の人をよく見かけます。中学生や高校生ぐらいの若い子がいかにも高そうな鞄や財布を身につけているのを見ると、何かしら分不相応でちぐはぐな印象を受けたりするけど、あれはたぶん子どもなりの自己主張、自己顕示欲のあらわれなのだろうと、ちょっと微笑ましくも感じたりして(笑)。そういえば、ブランド品の特売セールに押し寄せる人たちの姿に感じるのも、失礼ながらある種の子どもっぽさであったりします。

結婚相談所に見るブランド指向は家柄や職業に向けられるものが大半でしょうか。医師、弁護士、大学准教授......。男性が見栄えのする女性に目を向けがちなのもブランド品感覚といえなくないのかもしれません。

ブランド品というのは、つまるところ道具に過ぎないと、ちょっとひねくれた私などは思っているのだけど、でも道具の恐ろしいところは、人を選ぶということでもあります。鞄にせよ、財布にせよ、洋服にせよ、道具は人を選ぶから、いくら良いものでも、その良さをよく知らない人が持てば必ずちぐはぐな印象を周囲に与えるものです。周囲に自慢しているはずが、実際のところはただ滑稽な印象をまわりにアピールしているなんて、やっぱり怖いお話。

道具と人を一緒にはできないのだけど、共通して考えるべきことはもちろんあります。
いったいどう使うのか、何のために使うのかという自分への問いかけがいちばん大切。
使うということばは適切でないけど、自分という人間がこうだから、こういう人と人生を伴にしたいという前提が結婚にはやっぱり必要です。それがととのわないのに高価なブランド品を手に入れたところで、宝の持ち腐れ、もしくは、ちぐはぐな生き方を自分にも相手にも強いてしまうことになりかねません。人間は生きているから、道具以上に相手を選ぶのは当然のこと。
自分はこういう人間だからあなたのこういう人間性が必要としっかりいえる自分への見つめ方が重要だということなのかな。

2012年3月31日 11:01 長井 春美

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