やってみればわかること

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 最近の若い人たちと話していて少し気になるところなのだけど、まだ何もしていないのに、結果を自分で決めつけている、そういう人が少なくないように感じています。それはおおむねネガティブな方向に傾いていて、たとえばどこへいってもよい出会いなんかない、こんなところ(相談所)によい人がくるはずない、お見合いしても上手くいくはずがない、というようなことを延々いいつづけている感じかな。
最近よくいわれる若い世代の自信のなさを象徴しているのかと思わないでもありません。だめだだめだとあらかじめいっておくことで、自分を守ろうとしているのかと感じるのですね。といってすごく謙虚かといえばそうでもなくて(笑)、だれも自分をわかってくれないと拗ねているようにも映ります。

ほんとうにだめなのかどうなのか、みんなやってみればわかることなのにね。
ともかく出会いを求めて出かけていって、それでも会えなければ、どんな人がくるのか(相談所に)のぞきにいって、よい出会いになる可能性が少しでもあれば会ってみればいい。という当たり前のところに一歩踏み出す勇気がどうして出ないのだろうと、じれったく思ってしまうことが実は再三。もしかすると、自分で決めて自分で行動するという機会を、これまでたとえば親や教師からスポイルされつづけた結果なのかなとふと思ったり。

やってみるということは、自分にデータをつくることです。
有効な判断とは、必ずデータの集積のもとに生まれてくるものでしょう。若いということは、老いた人間とは違って、データが少なくて許される希有な時間だと思うのだけど、だからこそ、その集積に貪欲でなくてはならないと私は思うのです。
難しい話ではなくて、結果の判断の前にまず動いてみる、やってみる。
不思議なもので、行動は動くうちに加速されるものでもあります。動きが加速すれば、閉じこもりがちな心も活性化する。そういうものだと思うんだけどな。

2012年3月24日 11:01 長井 春美

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