こなれていく

今日の写真

 近頃は異性に対してコミュニケーションが取りにくい若い世代が増えていると聞きます。それもとくに男性に多い。それで男性が女性にコミュニケートするための教室のようなものが最近は婚活の一環として行われているとも聞きます。
とか、どこかで聞きかじったことのように書いたけど、それは日々若い男性たち(といっても、三十代以上の人もたくさん含まれるけど)と接していて、感じることのひとつではあります。

みんなみんないっしょにすることはできないけど、おしなべて言えることは、最近の若い男性たちは打たれ弱い印象があります。同性間と異性間では同じ対人でも何かしら齟齬や諍いが起こったときに傷つく質が違います。それを恐れてはじめからコミュニケーションを避けているようにも感じるのです。苦手なのではなくて、避けている。避けているうちに苦手になったということなのかもしれません。
背景にはたぶん少子化だとか、過保護な世の気風だとか、いろいろあると思うのだけど、結局は経験不足。コミュニケーションそれ自体の経験も足りないけど、傷ついた経験がやっぱり足りません。

だから、婚活で必要なのは、上手くいく経験ではなくて、上手くいかなかった経験なのかなと思うのです。自分ひとりで傷つくことはできないので、たくさんの人に会って、異性間で自分という人間を熟していくことが、遠回りに見えて、いちばん近道のような気がします。傷つくことから逃げる方法を学ぶのじゃなくて、傷つくことによって、自分を高める方法を学んでいくということ。
熟れる、と書いて、こなれると読みます。異性にすれてはいけないけど、ある程度熟れることは必要。仕事でも何でも、技が熟するときには、経験の絶対量が必ず要ります。

若いということは熟していないことと同義です。いまは以前より少し熟するタイミングが遅くなっているように映るけど、それは時期の問題。いまからちょっとずつ変わっていけばよいのだと思う。そのときたぶんコミュニケーションの技法は要りません。
ただただ真摯にコミュニケーションの対象と向き合えばよいはずです。その真摯であることが、必ず自分を知らず知らずに熟してくれると思っています。

2012年3月17日 11:08 長井 春美

過去のコラム

back number