ずいぶん早いもので、このコラムの連載をはじめてから、およそ二年が過ぎました。
ご存じの方も少なくないと思いますが、二年前までは「婚活レシピ」というコラムをブライズアカデミーのHPに書いていて、それをとりまとめた前著、「長井春美の婚活レシピ」(澪標刊)が刊行されたのを機に、新たなシリーズとしてはじまったのが「婚活スケッチ」のコラムでした。
「スケッチ」はその後、「長井春美の婚活ブログ」として他でもアップされていますから、もしかすると、いまご覧いただいている方々には、「レシピ」も「スケッチ」も、必ずしもなじみのない名称かもしれません。もしもタイトルに違和感を覚える方がいらっしゃれば、ほんとうに申し訳なく思います。
さて、二年前にはじめたこの「婚活スケッチ」。レシピからスケッチへの変更にあたって、私が自分への約束事としたのは、できるかぎり週に一度は新しい内容のものをアップしようということ。日常に起こったこと、日々感じたことを、できるかぎり新鮮な状態で届けたいと考えました。そしてこの二年、その約束は何とか果たしてこれたかなと、いまちょっと安堵しています。
と、前号から少し、前を振り返り加減なのは、この「婚活スケッチ」は、今号をもって最終章ということになりました。
終了するにはもちろんいくつかの理由があり、その最大のものは、先の「婚活レシピ」同様、この「スケッチ」が二年間の集積を経て、『婚活スケッチ』の題名で、一冊の書籍として刊行されることになりました。今回は京都の出版社カイオン舎から、この月末にも発行されます。この刊行をもって、この連載の使命はおよそ果たすことができたと感じたこと。そして、もうひとつの大きな理由は、「レシピ」や「スケッチ」の連載をとおして、私自身感じつづけてきたことを、これまでとはまた違う切り口で語っていきたいと、いま思いはじめているということ。
ほんとうの婚活とは、その歩みをとおして、ひとりの人間が人間として成長する機会であり日常でなくてはならない。それは私でありブライズの背骨をなしている考え方、感覚ですが、その真意のようなものを、「スケッチ」同様、ゆっくりとじっくりと話していく場がほしいと思っています。婚活における心のメソッドを私なりに語りたいと思うのです。
ほんの少しのお色直しの時間をいただいて、また再登場することにします。
ともあれ、「婚活スケッチ」に長らくのご愛読ありがとうございました。心よりお礼申し上げます。
先日外出中に画板を肩からぶら下げて歩く小学生とおぼしき一団を見つけました。昔、秋口には必ず学校で写生大会があったと懐かしく思い出しながら、最近その姿をあまり見かけないのはどうしてなのだろうと、ふと疑問がわき出しました。もしかすると、街中の学校ではそういう場所も時間も見つけにくいのかもしれませんね。
ところで、このブログは、ブライズアカデミーのHPをはじめ、ネット上のさまざまな場所に掲載しているものですが、HPのタイトルは、『婚活スケッチ』というもの。ブライズを中心に起こる婚活周辺の事柄について私なりの感じ方とか考え方のようなものを皆さんに伝えたくて、もう2年になるのかな、それなりに長く書きつづけています。
つまり画板片手の小学生よろしく、私がブライズの周辺を“スケッチ”するものなのだけど、これって婚活についても、とても重要な行為なのじゃないかなと、くだんの子どもたちをみて、ふと思いました。
スケッチというのは、もしかすると、描くことよりも、見ることがとても大事。何をスケッチの対象物にするのか、それをどのようなアングルでどのように描くのか、事前の着想に、いちばん重要なポイントがあるように思います。
たとえ描くべきものが決まっていたとしても、そのどこに焦点を合わせるのかが大切。何をポイントに置くかというところに、その人の、描き手としての技量の相当部分が問われるものだと思うのです。
何はともかくよく見なくてはと思うのです。正面からだけではなく、横からも背後からもよく見る。そして何かしら、「打たれる」ものを見つけること。
私たちが美しいと感じる絵画には、その描き手ならではの視点が必ず感じられるもの。それは大半、だれにも目に見えやすいものだけを描いたものではないはずです。
このような人でなくては、と、ある程度対象をしぼるのは大切だけど、そのことにこだわりすぎると見える角度が小さくなって、横や背後にひそんだ思いがけない、その人ならではの美質を見逃してしまうことだってある。
よく見る、とは、よく話すことでもあるのでしょう。目も心も大きく開いたところに、よい出会いが待っていると私は思っています。