
ブライズアカデミーのパンフレットに、こんな一節があります。
幸福と幸運。よく似た言葉ですが、意味はずいぶん違います。幸運は向こうからやってくるものだけど、幸福は自分で求め、つかみとるもの―― 。
結婚はひとりではできません。相手が必ず要ります。その大切なお相手との出会いを、まるで白馬に乗った騎士がある日唐突に現れるように、または眠れる森の美女にある日偶然遭遇するように期待する。馬鹿げた話だとみんな思っているのに、実は案外だれの心にも、この幸運願望がひそんでいるような気がします。
結婚は縁のものである。だから急ぐ必要はない。これはまったくごもっともなお話。でも縁を求めなければ、急ごうが急がなかろうが、向こうから縁はやってきてくれない。縁を「幸運」と結びつけて考えてはいけないと私は思っています。
実はブライズアカデミーの玄関をくぐっていただいた方にも、単によい方との出会いというラッキーを求めているのか、よい方に出会って幸福な家庭を築いていきたいのか、そのあたりの感覚が人によってずいぶん違うということをときおり痛感します。
「どのような方をご希望ですか?」そう尋ねると、「私に合う人に出会いたい」。
「では、あなたはどのような方なのですか?」と続けて問うと、学歴や勤め先やそういう諸々をおっしゃるけれども、それはちょうど人間の容貌のようなもので、あなたという人間の全体像ではない。どういう質の人間で、どういう人生観、価値観をもっているのか、それを私は知りたい、と重ねて言うと、ちょっと困った顔をして口をつぐまれる。
自分という人間をまだよく知らないで、自分に合う人を探すなんて、やっぱり不確定な「幸運」を求めているのとあまり変わりないじゃないかと、少し意地悪な感想をもったりします。
もちろん、ほんとうに自分のことを知らない人は、そう多くはありません。ただそれを言葉にするのに慣れていなかったり、苦手であったり、またほんとうの自分を知るのが怖いという気持ちもあるのかもしれない。それをゆっくりじっくり語り合いながら、「あなた」という人を探していくのが、私たちの仕事の第一歩かなと考えるときもあります。
だれにも実は、他の人にはない美点があります。優しさであったり、深い思考であったり、たくましさであったり。宝石のようにその人の中に眠っているその光の合成が結局、合う合わないを決めるのでしょう。
ともに生きる人を探すという作業は、お相手の方を探しているようで、実は自分という人間を懸命に探していることでもあるのです。
自分を探しましょう、といって、もちろん簡単に見つかるものではありません。
結婚ということが頭の隅のいつもある状況で異性と語らうこと。そのくり返しもまた、自分を問うことの手助けになってくれることでしょう。
やがて自分を客観視できる視点を手に入れたとき、相手の方が内蔵している宝石の輝きに目が届く。実はそこから偶然に頼らないほんとうの縁であったり、自分もお相手も幸福になるためのパートナー探しがはじまるのでしょう。
自分を見ずに相手に何か大きなものを望むこと。それは幸運を求める心。
自分を深く見つめるのと同じ目でお相手の方を見つめていく。それは幸福を求める心。 よく似ているようで、その二つはずいぶん違う。ほんとうに自分の人生を輝かせてくれるのはどちらなのだろうということを、よい結婚を望む方々によくお考えいただきたいのです。
(株)ブライズアカデミー スーパーバイザー/支社長
長井 春美


























