思い通りの結婚

今日の写真

 思い通りの結婚なんてあるのかなと最近思うことがよくあります。容貌やその他条件、もしも思い通りの人が現れ、そして結婚ということになっても、思い通りの人がいつまでも思い通りの人であるとは限らない。そのとき、彼や彼女は、思い通りでなくなった人を見て、あ、これは思惑はずれだったなと悔いるのかな。そのときの心中を想像すると、ちょっとつらい。

思い通りという“思い”を眺めるとき、見た目や外的な条件が主要なテーマになっている場合がとても多いように感じます。それはでも、時間の経過とともにどんどん変わっていくものでもある。時代の変化でも変わる。変わらないものは、“人となり”のようなものかな。でも、それだって、あなたとのかかわり方次第で、やっぱり変わっていくものかもしれない。

今日の写真

 おしなべての感想なのだけど、いまはみな結婚のハードルが高い。だれも高くしなさいなんて頼んでいないのに、自分で高く高く上げて、飛び越せないと苦しんでいる。そういうパターンが案外多いのじゃないかなと思っています。
結婚への希望を捨てよ、なんていうつもりはないのです。むしろ希望をもっと広範囲に拡げてはどうなのだろうと思う。“思い通り”にこだわるのではなく、“思いがけなく”表れる人の魅力をみつける努力に、希望を委ねてはいけないのかな。

そして案外、彼や彼女が“思い通り”についこだわってしまうのは、お父さんやお母さんや、周りの人に喜んでもらえる結婚をしたいなんて、ある意味“泣かせる”理由が根っこにあることも少なくない。でも、あまり高くハードルをあげると、今度は自分が小さく感じられて、自信を失う悪循環が生まれる。
いいんだよ、きみがその人と幸せに日々を過ごせるかどうか、それだけが重要だ。そんな一言で救われる。あるいは婚活を楽しめる。そんなケースもあるかもしれません。
ご両親にも考えていただきたいことのひとつです。

2015年9月12日 11:22 長井 春美

過去のコラム

back number