生涯役に立つ技術

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 「学ぶ」ということばは思いの外曖昧なもので、たとえば頭で理解したことと、身体で覚える、身についたということの違いは、そうとう大きいものであるような気がします。
何が違うのかなと考えると、それは結局、経験なのかなと思う。

それこそ付け焼き刃の知識ですが、人間の脳というのは面白く出来ていて、たとえば、見るとか、聴くとか、いま私たちがすごく当たり前のように考えている「力」も、生まれた直後に、見るとか、聴くとかの経験をしないと、脳に見る聴くための配線がつくられない。歩くことにしても、おぼつかないなりに歩かないと、歩けるようにならないという経験至上主義みたいなところがあるようです。それは赤ちゃんのときにかぎった話でもなくて、大人になっても、本質は大して変わらないことのようでもあります。
たとえば、人間には努力が必要だ、なんて、頭ではだれでも簡単に理解できるのだけど、実際にそれを実行できるのは、実際に努力して何か達成したよろこびを(達成できなかった悔しさを含めて)、一度二度じゃなく、何度も経験した人だけ。そういう人が、「努力」ということの意味を身体の奥深くで知っているということではないでしょうか。   

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 何がいいたいのかといえば、婚活の外側や、内側にいても、自分のこととしてそれを捉えきれずに、何かが分かったような気になっていても、それはまったく分かっていないのと実は同じことなんだというお話です。
婚活という経験の渦中に、そして自分のこととして飛び込んでいかないと、変えるべき自分とか、磨くべき自分とか、そういうのが分からない。
自分をどう装うか、どう美しく見せるかなんて、学びの一部かもしれないけど、全部ではありません。たぶん赤ちゃんが歩くことより、どうでもいいことかもしれないと思います。だってそんなの、一生役に立つ技術ではないもの。

私は婚活が、いまの若い人たちにとって、対人関係におけるとてもリアルな、人間の優しさや、共感のよろこびや、ときには葛藤や痛みを知る経験の場になればいいなと思っています。いままでそういう場の経験が少なすぎたんだよね。それは、あなたたちの責任だけではないと思っています。

2015年6月20日 11:48 長井 春美

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