必死は美しい

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 何ごとにおいても、〈必死〉であることを軽んじる空気が世の中全般にあるような気がしています。それはいまに始まったことではなく、昔から、そう。逆に、何かにつっかえてもスイスイと乗り越えていくようなスマートな感じが格好よいとされる。そして、自分もそうありたいと、多くの人は思いがち。

でも、結婚への道のりがほんとうに早い人は、おおむね〈必死〉な人であると私は感じています。要するに、〈必死〉は〈本気〉なのですね。本気というのは、明確な結婚願望を持っているということ。だから現実を直視することを厭いません。
だれしも、理想の結婚相手は存在します。人柄のこと、容貌のこと、収入のこと、年齢のこと、家庭の環境諸々ですが、それをパーフェクトに充たしてくれるお相手に巡り合うことは、きっと稀なこと。自分自身がそうであるように、みんな長所と短所を併せもって、いまを生きています。その当たり前なことを、きちんと理解することが現実の直視といえるでしょうか。

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 自分の結婚について、ほんとうに必要なこと、実はそうでもないことをきちんと区分けして、理想からは少しくらい欠けるところがあっても、ほんとうに大事なところを充たしてくれると思えるお相手をじっくり探す。そういう人が見つかれば、会うための努力をする。会って、将来の可能性を感じることができればお付き合いする。
と、ほんとうに〈必死〉であり〈本気〉の人は、結婚への道のりに、無駄がありません。だから、早い。本気の人は、お相手の本気度を見きわめる目も鋭い。曖昧を許しません。
私はそういう姿に、真剣味のある人間の美しさを感じることもあります。

あの人たちみたいに必死になりたくない、と本気の人を軽んじている人は、結局、その自分自身の曖昧さのために絶好のタイミングを逃してしまいがち、というのも、婚活の悲しい現実です。そしてそれは、美貌を備えていたり、学歴に優れていたり、むしろ自分の誇るべきものをもっている人ほど陥りやすい落とし穴なのかもしれません。
必死や本気がつくる美は、人の心を動かします。

2015年4月 4日 11:26 長井 春美

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