運命の人

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 最近、ふと耳にした〈運命の人〉というフレーズが、心にとどまっています。
結婚するお相手は、だれにとっても、運命の人でしょうから、婚活のテーマが運命の人を探すことであって何の不思議もないのだけど、たとえばお見合いのあと、お断りの理由に、「運命的なものを感じなかった」といわれても、ちょっと理解にも返答にも困ってしまう曖昧なことばではあります。
そしていまは、運命の人が、結婚相手として〈理想の人〉と混同されているのではないかと感じることもあります。理想の人ですから、当然、該当するお相手はこの世に限りなく少ない。そのことに拘りすぎる思いが、婚活の進展を鈍らせているケースも少なからずあることでしょう。

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 〈運命の人〉とは、私は、出会いのはじめに遭遇するものではなくて、出会ったあと、交際や長い結婚生活を経て、やがて互いに感じとっていく感覚ではないだろうかと思っています。
それも、お互いがもつ社会生活を支え合ったり、子育ての苦労や喜びを分かち合ったりという日常の積み重ねが、やはり自分の人生のパートナーは、この人でなくてはだめだという感覚を育てていく。それが充分に満ちて、互いが〈運命の人〉となるということ。

そう考えれば、出会いの門戸は該当者一人というように、自分で狭く窮屈にしていく必要はないはずです。もちろん、好きになれそうもないのに無理に付き合う必要はないけど、やがて好きになれそうだったり、いっしょにいるときの空気感が落ち着けたり、そういう〈運命の人〉にお互い育てそうな〈芽〉が感じとれれば、互いを見つめ合う時間を増やしていく。そういう過程が大事だと思います。
最初は60%でも、最後に100%120%に育てばいい。皆さんによくお話ししていることですが、〈愛〉の本質はそのようなところにあると思っています。

2014年8月 2日 10:33 長井 春美

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