ひ弱さの背景

今日の写真

 結婚するお相手への希望として、男女かかわりなくいちばん最初に上がってくるのは〈優しい人〉というフレーズではないでしょうか。それはたぶん、現代に特徴的なことというわけではなく、いまも昔も変わらない結婚相手に望む心の姿。ちょっと変わってきたなと感じるのは、〈優しい〉ということの意味合いでしょうか。
〈優しい〉がいまは、自分に気を遣ってくれる、とか、気が利く、とか、ちょっと表層のところで使われている場合が多いように感じています。

若い世代の方々と日々接していて時折感じるのは、叱られるとか怒られるとか、そういうことに慣れていない人がとても多いということ。そして、ご両親などとお話していて感じるのは、あまり叱ったり怒ったりして育ててこられなかったのだなということでもあります。その結果として、というのは短絡的に過ぎると思いますが、内面においてひ弱な印象を覚える若い人がずいぶん増えてきたように感じます。
自分がひ弱であるから、親がしてくれたように、叱らず怒らず、自分に気を遣ってくれる〈優しい〉人を結婚相手に求めているということなのかもしれません。

今日の写真

 その昔、高村光太郎の詩に、やさしいを優しいでなく〈鉄しい〉と当てた一節を読み、それがいまも心の深いところにとどまっています。
優しいとは、見かけや態度のことだけではなく、もっと強く骨太な心の姿を含むものでもあることでしょう。相手の〈ため〉を思えば、叱りつけることだって、優しさの表れ。

〈優しい〉をお相手に望むとき、その意味をもういちど深く掘り下げていただきたいと願っています。私も鉄しく見守っていきたいと思っています。

2014年7月12日 15:10 長井 春美

過去のコラム

back number